
かなり楽しくなってきた
【 鈴木一雄 SUZUKI Kazuo 】
自然写真家。日本写真家協会会員、フォト寺子屋「一の会」主宰。写真集に「おぐにの聲」「裏磐梯の聲」「尾瀬の聲」「尾瀬しじまの旋律」「裏磐梯彩景」、著書に「風景写真の極意」「露出の極意」など多数。
自然写真家。日本写真家協会会員、フォト寺子屋「一の会」主宰。写真集に「おぐにの聲」「裏磐梯の聲」「尾瀬の聲」「尾瀬しじまの旋律」「裏磐梯彩景」、著書に「風景写真の極意」「露出の極意」など多数。
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私の写真哲学
私はこれまで銀塩写真にこだわってきたし、これからもこだわり続けていきたいと思う。それは、私が自然写真家としてもっとも大切と考えるのは、『人生も写真も真剣勝負であり、あとからやり直しはできないほうがいい』と考えているからである。できるだけ多くの被写体に真摯に対峙し、多くの対話をし、多くのシャッターを切りたいと願う。時間も、精神力も、それに注ぎ込みたいと願う。
だからこれまでも、撮影後のフィルム作品に対しては手を加えないことを信条としてきた。写真集・写真展の使用作品はトリミングすることはなかったし、プリントの指示も「原版どおり」であった。単レンズの制約上、少し余計なものが画面に入ってきた時でさえも、写真展でそれをトリミングすることもあえてしなかった。
デジタル撮影をするようになってからも、その姿勢は変えようとは思わない。撮影後に、コンピュータグラフィックのようにいろいろと画像処理を施し、手を加えることに興味はもたないし、それに時間をかけようとも思わない。そのような理由で、これまでデジタル撮影の割合は消費税の5%にも満たなかったのが実情である。
だからこれまでも、撮影後のフィルム作品に対しては手を加えないことを信条としてきた。写真集・写真展の使用作品はトリミングすることはなかったし、プリントの指示も「原版どおり」であった。単レンズの制約上、少し余計なものが画面に入ってきた時でさえも、写真展でそれをトリミングすることもあえてしなかった。
デジタル撮影をするようになってからも、その姿勢は変えようとは思わない。撮影後に、コンピュータグラフィックのようにいろいろと画像処理を施し、手を加えることに興味はもたないし、それに時間をかけようとも思わない。そのような理由で、これまでデジタル撮影の割合は消費税の5%にも満たなかったのが実情である。
フィルム感覚とレンズ共用が嬉しい
今回、ペンタックスK20Dを使って、もっとも嬉しくなり、感動したのは、フィルムを選ぶように“絵作り”ができることだった。「ナチュラル」「鮮やか」「人物」「風景」「雅(MIYABI)」「モノトーン」の6種類の画像仕上が用意されたことだ。さらには、RAWデータでさえも、カメラボディで好きな“画像仕上”に簡単に現像できてしまう。これは、撮影後の後処理にできるだけ時間をかけたくない、そしてできるだけ手を加えたくないという私の信条に合っている。
またK20Dは、アダプターを活用することで私のメイン機材の645NIIのレンズをすべて使うことができるのだ。極端なことをいえば、これまでの機材にK20Dのコンパクトなボディを加えるだけで、幅広いレンズワークの撮影が可能になってしまう。ペンタックスが、昔から変わらずユーザーに優しいモノづくりをしているのはさすがであり、高く評価したい。
645NII=銀塩写真を中心にした私の撮影活動は続くものの、デジタル撮影が少しずつ増え、かなり楽しくなってきた今日この頃である。
またK20Dは、アダプターを活用することで私のメイン機材の645NIIのレンズをすべて使うことができるのだ。極端なことをいえば、これまでの機材にK20Dのコンパクトなボディを加えるだけで、幅広いレンズワークの撮影が可能になってしまう。ペンタックスが、昔から変わらずユーザーに優しいモノづくりをしているのはさすがであり、高く評価したい。
645NII=銀塩写真を中心にした私の撮影活動は続くものの、デジタル撮影が少しずつ増え、かなり楽しくなってきた今日この頃である。
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